びっくり箱殺人事件

汝箱を開くなかれ――


丸の内の劇場・梟座は、マルチタレント深山幽谷を招き、レヴュー「パンドーラの匣」を行っていた。
レヴューは、梟座スター紅花子がパンドーラに扮して匣を開くと、幽谷が連れてきた役者が怪物に扮して飛び出す趣向で、初日から満員の大盛況だった。

ところが7日目、幽谷率いる怪物団、梟座企画部田代信吉、レヴュー作者細木原竜三が襲撃される。

犯人が分からぬまま公演が始まると、紅花子ではなく何故か良人エピミシュース役石丸啓助が匣を開けた。
すると……

概要

作者:横溝正史(1902~1981)

初出:1948年1月~9月
『月刊読売』

収録:『びっくり箱殺人事件』角川文庫、東方社
※紙媒体絶版
※電子書籍(角川文庫)のみ販売

原作

あの名作「獄門島」と同時期連載。
金田一耕助のような名探偵は登場しないノンシリーズだが、等々力という名の警察は登場する。
この等々力が金田一シリーズの登場人物と同一人物である明記はない。
あくまで、捜査本部の擬人化であると本文で述べられている(詳細は後述)。

作者は小林信彦との対談で、ディクスン・カー『盲目の理髪師』とクレイグ・ライス『素晴らしき犯罪』が本作のヒントらしい。

コント職人としての横溝正史

文体はコミカル、しかし本格探偵小説の形がある異色作。
読む人を選ぶ、好きな人は好きらしい(例:坂口安吾)。
意外だが、横溝正史は昭和初期頃『悲しき暗号』などのコント作品を発表し、更にはフランス人を装いフレンチコントを発表していたという噂もある(乾信一郎「『新青年』の頃』」(早川書房) の「十一の章 横溝さんのこと」より)。

読みづらいとされる起因の一つとして、執筆した当時の世相を反映した時事ネタ(裏口営業、カタカナ表記)が多く含まれていることが挙げられる。

幻のラジオドラマ

マイナー作品で映像化されていないが、実は過去ラジオドラマになっている。

時は昭和24年(1949)12月30日。
AK(現NHK)で鎌倉ぺンクラブと探偵作家クラブ(日本推理作家協会)との対抗放送劇が行われ、探偵作家クラブが本作、鎌倉ペンクラブが「父帰る」を演じた。

探偵作家クラブの本作劇は武田武彦が原作を約30分に短縮して脚本し、江戸川乱歩や高木彬光などの新旧探偵作家が演じていた。
残念ながら、著者の横溝正史は療養中で出演していない。

30分短縮なので剣突謙造、恭子は未登場、伏線は省かれ一気に解決編に突入する。
痣(ブチ)はメリケン粉(白粉)に変更。深山の読みは、四字熟語と同様の「しんざん」としている。

ラジオ音源は、江戸川乱歩邸で保管されて『北村薫のミステリびっくり箱』にて収録されている。

この本には、本作のラジオ音源の他、国会図書館にもなかった落語家と推理小説家の誌上座談会が完全収録されている。しかも乱歩先生の美声付き。

ただし、2020年現在は絶版になっており中古本のみ取り扱い。
文庫本の方はCDが付かないので、購入の際は要注意。

補足

カタカナ表記の理由

漢字廃止論というものが、ベトナム、朝鮮半島、日本などの漢字文化圏で度々あったらしい。
趣旨は、自国の独自文化を重んずること、漢字が活字印刷の簡略(文字数が膨大のため)にある。

日本では江戸時代中期、国学者らが文字数の多さと漢文の不自由さを挙げて漢字廃止を主張し始め、幕末や明治維新後の政策(学制など)の度に、漢字制限、仮名文字のみを使用、ローマ字のみを使用、新しい国字作るなど論じられた。

戦後は特に、漢字使用を制限し仮名文字を使用して日本語表記を単純化しようとする動きが強まった。
流石に漢字廃止などの極論は見送られたが、戦前から検討されていた常用漢字や仮名遣改定案を流用・修正した上で当用漢字(1981年廃止、現:常用漢字)と現代かなづかいが制定された。

本作「びっくり箱殺人事件」は、カタカナ表記が目立つ。
推測だが、この当時の国語改革の波が反映されているのではないかと思う。

カストリ酒

戦後の混乱期、日本で出回った粗悪な密造焼酎の俗称。
サツマイモや米などを原料に、カスだけを取って急造した酒の意味で「カストリ」といった。
戦後で酒造会社が再建していない中、人々は憂さ晴らしに安酒を求めた。

しかし、素人が製造するため粗悪なものが多く、サツマイモや米が使われていれば上等、アルコール度数表記があれば良心的、中には原料が出所不明という得体の知れない物が出回っていた。

極端な例では、変性アルコール(メタノールとエタノールの混合溶液)は工業用で非課税のため、これを使用してより安価な密造酒製造もされた。
このいわゆる「メチルアルコール」「バクダン」は失明や中毒死のリスクを伴うもので戦前から存在していたが、混乱期は特に事故が発生した。

裏口営業

表向きは、休業、他の合法的な営業をしているように見せ、特定の客だけを相手に非合法の営業すること。

戦後混乱期は食糧不足や主食の遅配により飲食営業緊急設置令が発令、主食販売できる飲食店を外食券食堂だけに制限した。
しかし、全国の料飲店33万6000軒の多くは転廃業せず、バレないよう工夫して裏口営業をしていた。

裏口営業の罰則は、飲食物を提供した側は3年以下の懲役あるいは5万円以下の罰金、飲食物の提供をうけたものは1年以下の懲役、1万円以下の罰金に処せられた。
1945年で白米1升の価格が53銭(ヤミだと70円)だった当時を思うと厳しい。

ジコーソン

璽光尊(ジコーソン)は、第二次世界大戦頃にできた璽宇(じう)という宗教団体の教祖。
璽宇は、発端が神道系団体(途中で中国の新宗教や真言密教系の団体とも合流)。
終戦後、昭和天皇の人間宣言を受け、教祖(長岡良子)が、天皇の神性が自分に乗り移ったと宣言、天璽照妙光良姫皇尊(あまつしるすてるたえひかりながひめのすめらみこと)、略して璽光尊を名乗る。

璽光尊は滅多に姿を見せなかったため謎に包まれているが、川端康成などの文化人と交流があったらしい。
文化人の一人、徳川夢声(本作主人公・深山幽谷のモデル)曰く、大正三大美人の一人、九条武子に似ているとのこと。

璽宇は、教祖の住居を拠点に天変地異の神意を伝達し、この預言に動揺した住民が白米など当時貴重だった食料を持って訪れ、璽宇側は私造紙幣を発行、この紙幣が天変地異の際に通用するようになると説いた。
これが世人を惑わすとして1947年1月21日、璽光尊と信者が食糧管理法違反で逮捕された。
信者の中に著名人がいたため、一躍世間に「ジーコ―ソン」の言葉が広まった(璽光尊事件)。

璽宇はもともと布教活動(寄付の強要・勧誘)を禁止し、明るみになっていないことが多い。
1984年に教祖・璽光尊が死去すると、目立った動きを見せなくなる。
現在も教団は存在するらしいが、活動実態は不明。

パンパン

語源は、東南アジアに駐屯する旧日本軍が使用していたという説もあるが定かでない。
1946年頃は売春婦一般を指す言葉になり、米兵専門の街娼が「洋パン」、日本人専門が「和パン」と呼ばれた。
地下鉄構内でタバコの闇売りをしていた女性が通行人に売春するようになった、RAA(特殊慰安施設協会)が廃止され、連合軍相手の国営の慰安所で働いていた女性が街娼になった等の説がある。

性病の感染者が多かったことからGHQのMP(憲兵)と警察による取り締まりが行われていた。
その取り締まり方法はかなり強引で、人権蹂躙と非難された(板橋事件)。

本作では、古川万十を探すために野崎を助けた銀座の淑女として、パンパンの女性3名が登場する(動画では1名)。

スケキヨ版

とにかく情報量が多く、取捨選択に難儀。
話を整理することを優先したため、原作よりも登場人物の掘り下げが少ない。
個々の関係性も薄くなっている。

より振り切った笑劇が気になる方は、原作を読んで確認いただきたい。
  1. 大幅な話の省略
    第一章「怪物団若返る」、第二章「オペラの怪人」、第三章「パンドーラの匣」、第九章「すべてこの世は天国じゃ」
  2. 会話文の省略、展開の簡素化
    特に、怪物団のセリフ。等々力警部のOPP等の状況説明はほぼ全カット。
  3. 饅頭ゆえに分かりづらい「身長差」についても削除。
  4. キャラ付けや分かりやすさのため、一部のセリフを別の登場人物が言うシーンもある。
  5. 登場人物の省略
    梟座の興行主任・熊谷久摩吉。第一章以外でのセリフがほぼ無いためリストラ。
    六助の上司、同僚記者。事件に直接かかわっているわけでないためカット。
  6. 登場人物たちの性格
    例えば、原作の柴田楽亭はあんなにドヤ顔しない。

登場人物の名称

読みに関しては、ゆっくりボイスでの聞き取りやすさや語感優先で変更。
  • 深山幽谷(しんざんゆうこく)
    元ネタ:四字熟語
    →みやまゆうこく
  • 蘆原小群(あしはらしょうぐん)
    元ネタ:戦前の自称天皇・蘆(葦)原将軍(金次郎)
    →よしわらしょうぐん

等々力警部について

前述通り、金田一シリーズの登場人物と同一人物であるという明記はなく、捜査本部の擬人化ということのみ述べられている。

動画内で「天銀堂事件」という言葉が出てくるが、原作は「帝銀事件」の表記。
「悪魔が来りて笛を吹く」が1951年、「びっくり箱殺人事件」がそれ以前の1948年なので、金田一は別と考えるのが妥当。

だが、今回はロマンを追って同じ世界線設定にする。
その関係もあり、等々力は【まりさ】配役。

考察?

推理小説は何かしらの「事件」を題材とする特性上、シリアス(真面目)になる。
しかし、推理小説の中にはユーモアミステリー(コミカルで軽妙な文体:本作など)やバカミス(リアリズム全力無視:六枚のとんかつなど)の分類が存在している。

このように、相容れなさそうな「コメディ」と「ミステリー」の要素は絶妙な塩梅で共存できる。
それは何故か。
前述した『北村薫のミステリびっくり箱』の「第八回落語」を参考に、自分なりの考えを記す。
素人の持論語りが苦手な方は読み飛ばすことをすすめる。

尚、笑いと推理の両立が「好きか嫌いか」は、皆さん各人の考えを大切にしていただきたい。

類似点:フリとオチ

お笑いと推理物には、事象に対する「フリ」と「オチ」が存在する。
コントであれば「汚いプーさんがいる」フリと「鏡に映った俺でした」のオチ、推理物なら「アリバイある被疑者」のフリと「被害者が共犯者」のオチというようなものである。
そして、オチが驚愕的なものであればあるほど喜ばれる傾向がある。
以上から、オチを聴衆や出演者に委ねる「一発ギャグ」や謎を残したままにする「アメリカンジョーク」、荒唐無稽なオチの「バカミス」や勘違いなどのフリの連続が事件を生む「ユーモアミステリー」や「日常の謎」などの変格を生みやすいといえる。

つまり、フリで緊張させたものをオチでアッと言わせて緩和させる構成の共通が、お笑いミステリーやサスペンス調コメディという混ぜ物を可能にしているのではないか、というのが持論である。

相違点:目的

人々が「笑う」ことを目的にしたのがコメディ、問題の「解決」を目的にしたのがミステリーと考える。
目的を達成する手段をシリアスにするかコミカルにするかが、コメディとミステリーそれぞれの王道か否かの分かれ目なのではないかと思う。

また、緊張と緩和を比較的短い時間で繰り返すのが「お笑い」の世界、長時間かけて行うのが「推理」の世界、つまり緊張から緩和への変化が急速であるほど「面白さ」が増してコメディ、緩やかな変化であるほど「納得」が増してミステリーになる傾向があると考える。
なお、この考えは哲学者カントの「笑いとは張り詰められていた予期が突如として無に変わることから起こる情緒である」という言葉による。

最後に

力不足で半年以上かかる。
告白すると、2月下旬の舞台に合わせて投稿する予定だったが、納得できるものにならなかったので早々に諦めてチマチマ編集していた。

全4回を1ヶ月かけて投稿も考えたが、こういうご時世のため隙を見て一挙投稿。
皆さんご自愛ください。

参考

Comments

いちよう said…
リズムが良くて見やすく、面白かったです。
緩むギャグと引き締まったシリアスの絡み合いが初めて味わう感慨でした。
野崎六助(天子)がお気に入りです。
スケキヨさんの天子は毎度癖が強いですね笑
楽しく視聴できました。ありがとうございます。