点と線
彼らは、いつも風に吹かれてそよいでいる弱い草である――
九州博多湾を見渡す香椎潟で、男女の死体が発見された。
男は汚職捜査の進む産業建設省課長補佐・佐山憲一、女は赤坂の料亭「小雪」の女中お時。
状況から見て二人の死は心中に見えるが、福岡署の鳥飼重太郎刑事は違和感を覚える。
しかし、福岡署は情死事件として処理した。
暫くして、東京の警視庁捜査二課から三原紀一警部補がやって来た。
彼は、佐山が属すXX省の汚職事件を追っていた。
状況から見て二人の死は心中に見えるが、福岡署の鳥飼重太郎刑事は違和感を覚える。
しかし、福岡署は情死事件として処理した。
暫くして、東京の警視庁捜査二課から三原紀一警部補がやって来た。
彼は、佐山が属すXX省の汚職事件を追っていた。
概要
本動画において、原作は二つある。
点と線
作者:松本清張(1909~1992)初出:1957年
旅行雑誌『旅』2月号
収録:『点と線』光文社、文藝春秋、新潮文庫
原作
『旅』(日本交通公社)の編集者だった岡田善秋は、作者が旅好きの時刻表好きと聞いたこと、将来に期待ある新人作家で話題性がある(ついでに原稿料も安い)という思惑で作品の依頼をしたらしい。当初は「縄」というタイトルだったが岡田にダメだしされ、連載直前に現題に落ち着いた。
作者は遅筆で有名だが、この作品ではそれが顕著で、締切に間に合わないと悟り、逃走を図った事もあった。
連載当時は、週刊誌連載の「眼の壁」より本作は反響がなく、著者はやる気を欠いていたと後に語る。
世間から反響があったのは連載後、光文社から書籍が出版されて本人は驚いたらしい。
ある小官僚の抹殺
作者:松本清張(1909~1992)初出:1958年
雑誌『別冊文藝春秋』2月号
収録:『駅路 傑作短編集6』新潮文庫
原作
「点と線」の連載後に発表された短編作品。こちらは汚職事件についてより具体的かつ詳細。
昭和28年に発覚した事件(輸入砂糖の割当問題に絡む汚職、当時の農林省食糧庁業務第二部食品課長が自殺)がモデル。
構成は前半は事件記録、後半は事件数年後の実地調査。
この試みは後に『日本の黒い霧』『現代官僚論』などのノンフィクションやそれに準ずる作品に繋がる。
「点と線」がトリック重視で、汚職そのもののについて淡泊だったためか、こちらで組織の犠牲者としての官僚を徹底的に描いている。
補足
2020年11月、大幅に記述を修正削除。
香椎という土地
香椎の地名は仲哀天皇崩御の時、棺から椎の木の香りがしたことに由来する。こうした由来があるように香椎の地は古く「日本書紀」や「万葉集」にも記載され、そのイメージから何となく古代日本に思いを馳せるような場所である。
非常に情緒的な土地で事件が起こったと、わざわざ描写することで現実の無味乾燥さを強調しているのかもしれない。
なお、今は周辺の埋め立てがされ、「点と線」当時のような眺望は見られない。
課長補佐の立場
各省庁は大臣を頂点に、副大臣、大臣政務官の国会議員、下に国家公務員が続く。本作の佐山は一般職(通称ノンキャリア)。
課長補佐は、法案や予算の作成、国会答弁の作成を担ういわば省庁の主戦力(大臣決定、行政府の最高意思決定の閣議決定になることが多いため)だが、国会(政治家)対応の仕事が過酷で、誰のために働いているのか分からなくなるらしい。
しかし、この地獄を経験しないと出世コースに乗ることはない。なお、近年は一般職の高学歴化が進んでおり、キャリアだからエリートという図式は当てはまらない。
捜査二課
汚職捜査などの知能犯罪は、捜査二課が主に担当する。かつて二課刑事は情報収集のため、談合屋や業者と親しくし、彼らの誘惑に流されないようにしながら清濁併せ呑んで務まねばない時代があったらしい。
しかし、近年は警察官の不正や強引な取調べによる冤罪などの問題から捜査の透明性を確保するため、このような気風は許されていない。
現在、二課刑事による捜査が昔より困難になっている反面、公益通報者保護法(2006年施行)により、社会が告発に対して寛容になったが、まだまだ不十分な点は多い。
旅客機の変遷
終戦後、GHQにより官民問わず日本国籍の航空機の運航は停止されていた。停止解除は1950年、行政指導により航空会社は日本航空に一本化された1951年8月、本格的に航空産業は盛り返す。
これにより、羽田-伊丹-板付間の定期旅客運航を開始され、11月には羽田-千歳の運航も始まった。
しかし、この頃は世界的にも飛行機の技術発展途上で、エンジンの燃料消費燃費が悪く運賃は高額。
一部の富裕層のための乗り物という意識が強かった。
飛行機が一般的な乗り物になったのは1962年頃。
アメリカ空軍によって高バイパス比ターボジェットエンジンが開発され、燃料消費率が大きく向上がきっかけとなる。
そして、ボーイング747などのワイドボディ機の登場で、乗客一人あたりの運航経費が引き下げられた。
大戦後、欧米や日本では安価な原油価格の下で経済成長が進んだことも後押しされ、やがて長距離旅の花形となった。
スケキヨ版
原作との違いは以下の通り。- 第一章「目撃者」第二章「情死体」第三章「香椎駅と西鉄香椎駅」第四章「東京から来た人」をほぼカット
- 序盤、鳥飼と三原の会話する場所(原作は実際に事件現場に足を運び、2つの香椎駅での実験もする)
- 四分間に気づくタイミング(原作は本庁で主任に報告したのち)
- 安田を訪問する時期(原作は序盤2回に対し、動画では序盤1回と終盤1回)
- 飛行機の利用を疑うタイミングと人(原作は北海道出張から帰京後、三原自身で気づく)
- 事務官の警視庁への回答のタイミング(原作は北海道出張から帰京後)
- 鳥飼と三原の交流(原作は手紙でのやり取りで、実際の対面は冒頭のみ。鳥飼の東京出張なし)
- 汚職事件と官僚の自殺をめぐる心理描写(より詳細な「ある小官僚の抹殺」を参考)
- 被害者と加害者の関係、それを利用したトリック(原作は全てが明らかでない)
- 事件解決後の三原の九州旅行(原作は「今度行きます」と手紙で終わる)
電車音
1956年は国鉄(現JR)の東海道本線(東京ー神戸間)が初めて路線が電化された年である。これに倣い、他の路線の電化が進められていたが、当時はまだ多くのSLが現役で走り続けていた。
そのため、動画内で使われている駅ホームの音は時代にそぐわないが、忠実に再現する手間と駅に来た分かりやすさを考慮し、現代的な駅ホームの環境音にさせていただいた。
飛行機の扱い
トリックの批判の一つとして「飛行機利用の考慮の遅れ」が指摘される。
当時の人の飛行機に対する意識は定かでないが、1956年の階層間格差と意識あって成り立ったトリックと考えている。
自分はこの時代を知らないので、三原のことを手放しに批判できない。
一方で、当時を知る人の中には「飛行機利用考慮の遅れ」に違和感を覚える人もいるという話もあるため、動画では北海道出張の段階で考慮を始めさせた。
当時の人の飛行機に対する意識は定かでないが、1956年の階層間格差と意識あって成り立ったトリックと考えている。
自分はこの時代を知らないので、三原のことを手放しに批判できない。
一方で、当時を知る人の中には「飛行機利用考慮の遅れ」に違和感を覚える人もいるという話もあるため、動画では北海道出張の段階で考慮を始めさせた。
佐山とお時を駅ホームに立たせた方法
原作において、佐山とお時を4分の間、15番線ホームにどうやって歩かせたかが明白ではない。これについては長年、清張のミスと言われている(個人的には重要視せずに連載していたのではと考えている)。
しかしそれでは元も子もないので、色々と考え動画化したつもりではある。
ただ、どうやって指定時間内にホームに出現させたのかは盛り込めなかった。
自分なりの考えは以下の通り(かなり強引なので注意)。
佐山の場合
石田から「福岡に逃避していろ、安田が手配する」「切符の受け渡しは安田から」と指示されていた。そして、安田から「自分からだと目立つので、妻から受け取ってください」と言われ、鎌倉へ。
亮子が時間調整する。
お時の場合
事前に、安田と熱海旅行を計画、切符を渡しておく。当日、お時が家を出る頃に亮子が電話をかける。
「安田が仕事の急用で、延期になるかもしれないから次の電話があるまで待機していて欲しい」と告げる。
時間調整後、亮子が再度電話、「先に行って欲しい」と伝える。
5日間どうやって二人を待たせていたのか
佐山については「汚職の問題が片付いた時点で安田から連絡がある」で問題はない。お時は不審に思われるおそれがある。
これは恐らく、亮子とは別に内緒で、安田がお時がいる熱海に連絡を入れて宥めていたと考えられる。
この破綻気味な考えが首の皮一枚でつながる方法が、佐山とお時の感情(動画で言う、安田と亮子に対する恋慕)と考え、オリジナル設定として盛り込んだが、未熟な翻案だったという気持ちがぬぐいきれない。
考察
短編「ある小官僚の抹殺」では、上司が部下を追い込む様子を「因果を含める」と表現している。これは単純な恫喝ではなく、温和で時には家族を思いやる言葉があり、語気を強めた調子で無理強いするというより、弱い方へと誘導するのに近く、図太くない彼らは錯乱状態になり、多くが追い込まれ「殺される」としている。
典型的な汚職の例
実際の公職者による汚職でも主犯は上層部や権力資力を持つ者が、実務や仕事に精通する部下を抱き込むことが多い。無論、下の者が主犯の例外(2009年、郵便不正事件)もある。
大抵は上の立場の人間が犯罪を主導している事が多く、その割を食うのは部下ということが多い。
それは、実際に不正を実行するのは部下であるため、真っ先に捜査の矢面に立たされるからである。
今なお袋小路
現在において「ある小官僚の抹殺」のような露骨な暗示や、生き方の多様化、防衛として退官する手段が許される風潮はあるが、昨今でも官僚の自死は後を絶たない。あるキャリア官僚が仕事で凡ミス(コピペミス)をした事を苦にして自殺未遂を起こした、というような事が笑い話として世間に知られているが、その精神に追いつめられている現状や空気はかなり深刻なものである。
そこには、公職として遵法の精神を基本に業務をすることが求められている他、少々の失敗や道を外れること許さない不寛容の風潮があるよう思われる。
最後に
個人的に考える「点と線」の醍醐味は、真実を導くことを諦めない主人公達の姿にあると思い作成した。ただ、物語やミステリーとして面白いかどうかに自信がない。
もっと良い方法や演出、脚本で動画に出来たのではないかと悩むものを投稿するのは忍びないが、これ以上悩み続けるのも苦しいので公開した。
いつも以上に余裕ない動画になった事はお詫びしたい。
- 松本清張『点と線』光文社、新潮文庫
- 松本清張『駅路 傑作短編集6』新潮文庫
- 松本清張『随筆 黒い手帖』中公文庫
- 松本清張、阿刀田高(編)『松本清張全集 第一巻 点と線・火と汐』中央公論社
- 松本清張、原武史(編)『松本清張傑作選 時刻表を殺意が走る―原武史オリジナルセレクション』新潮社
- 松本清張、浅田次郎(編)『松本清張傑作選 悪党たちの懺悔録―浅田次郎オリジナルセレクション』新潮社
- 塩澤実信『ベストセラー作家 その運命を決めた一冊』北辰堂出版
- 原武史『100分de名著 松本清張スペシャル』NHK出版
- 楊華「松本清張の初期作品の社会性について ――『点と線』から『ある小官僚の抹殺』へ」国際文化論集
- 西日本鉄道株式会社HP
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- 『超巨人旅客機エアバスA380―夢の旅客機、2階建て850人乗り』ワールドフォトプレス
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- 関係者
- 関連法令(刑法、刑事訴訟法、警察法、風営法、公益通報者保護法)
Comments
ホームズやマープルのような天才ではない「普通の人」が頭を使って謎解きをし、足を使って裏付けしていく姿に心打たれました。